ToMoNoRiの日記

発達障害のアスペルガーに悩む男

おもいのほか自分をよく思えること

自分がよく思えることに、自分がいい気分になることには、本当の気持ちは、

自分の悩みの様々なとらえ方のなかでいかにして、じぶんらしくいれているか

表現としてどうあるべきか?

自分が本当の意味で、冗談でもいい答えの中身が見えればいい。

混沌とした心の曖昧な表現のなかで、自分がいかんともしがたい心にとり

つかれているかのように、一方的な思いにすがり続けることに曖昧さが見え隠れ

して、自分として、感動的に憧れている自分の中身になっていき、自分がいかんとも

しがたい、自分との軋轢のなかで、自分として生きることの意義を見いだせたら、

自分が聞いた風なセリフのなかで、本当のなか期待感として、自分がいかにも

自分としての精いっぱいがあれば、自分のなかで、いきなりのはじまる悩みのなかで

期待どうりに行いを続けることの、答えの有り方が行動としての不本意になりそうで

自分がいかに自分としても、言い難いことの本性のありかたが、本当はそうあってほし

いことの中身として、自分が思いえることの言葉の勢いが弱まってしまうこと、

それそのもののいささか自信のなさが、自分としても他者との関わりあいのなかでも

自分の人格的な悩みになってくる。自分が勢いどうりの感覚で、意味深く考えることの

自分の時期的な本懐としての、自分の感情の思いがそのままでていくことの、言葉の

意味が人間の心の感じ方として、自分が感じえない自分の中身として、いかに自分と

か、自分以外とかの、人の精神として、自分がいきどうりに思えることの内心の裏腹

に自分の感情があり方のありきたりとして、自分の感じ方におもいたかった。

生き方に基本的な感じ方の面持ちがあることの中身は、基本的に思い続けることの心の

声として、自分が消え入りそうな答えを持ち続けることの何かの恐れのなかで、自分が

自分が自分を思うことの、感動的な配慮が聞こえている、自分の感じ方に思い、

いきなり自分の感じ方に思い続けるいきなりの感覚に嘘つきにおもえて、自分の感情に

勢いを持ち続けることのいかんが、自分の中に意味合いを感じにくくなってくる。

それは、今しがたの心のあおりとして、自分が意味もなく声を張っている自分の悩みで

ある。自分が自分としていかに自分らしくおもえないことのわだかまりは、自分が想っ

ていることの愛想の中身として、自分ということのこだわりがあるないとおもえてきて

自分が思うほど自分に期待しているいないとおもっても、自分の本当の気負いとしても

自分の世界があるかのようにふるまうことの、キリのなさに考えが損なわれていく。

自分がある意味、自分として時間があるのに、自分があり方の存在として、混乱して

いくことのなんでもない時間の思いに対する、自慢げな中身の有り方として、自分が遊

んでいるかのごとく、自分と向き合い続けることの本気の言葉、それは、自分の愛され

かたの不本意を自分の感動にもっていければ、きっと感動は答えをもってきてくれるは

ず、それが、いかんともしがたい時間の感情に思っていても、冗談ともいえない期待と

ともに、急ぎ足で去る、自分のほころびなると信じたい。

花5

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