ToMoNoRiの日記

発達障害のアスペルガーに悩む男

メンタルの弱さが自分にあるのに、強がりになってしまうのは

メンタルの強さがある程度、必要なのに、いざとなると、尻込みしてしまう。

のは、自分がいかに、メンタルが弱いということが、自分の素直さにつながるために

自分との向き合いに対して不向きな状態になってしまうことの感じ方の不可解な謎。

自分が今思うことのなかに、思っているほどの中身がないのなら、自分らしい意思を

もって、改善すればいいのに、そのことに自信がもてない。(やる気そのものがうせて

しまう)なのに、自分が強くでたい、思いばかりに気を取られてしまうから、周りの人

に忙しいふりとか、自分の悩みのないところや、いささか冗談みたいな自分の強がりに

すがって自信を持とうとして、自分の今思う悩みの本質的な中身が、人にどう思われて

いるか気がかりで思いどうりに伝えられない。

どうしたら、人に自分の今思いえるすべての告白として悩みがうまく伝わるのか?

それは、いきなり、自分の感情どうりに例えうる自分自身の悩みの中の答えを、

有り余る自分の考えの波のなかにうまく乗っかれたときに、いまいち、自分に自信が

もてないことが、きっと、深掘りしている、他者のみえない考えの中に意味をおいてす

がっていることの感じ方そのものの意味のとらえかたに、逆に逆らいためらい、その

ことの囚われ方が悪い方向に進むのではないかとギャップを感じることの内面性の本性

が思いを強くはべらせていることを続けてしまい、実際におもいえる、すべての考え

が、ある意味の答えそのものではないかのようにに強く思い憤って(感情が思わず自分

の意志とは違う方に進む感じ方をして)しまい、すべての考えに対する、感情に直接、

訴えかける言葉が見当たらないから、伝えること、それそのものが悩みとして思ってし

まうがゆえの、すべての言葉の感覚が、自分として伝えたいことのすべてに等しい感じ

方におもえなくなる。

実際に、ありえることの真実味として、なんらかの、イメージが先行して、実は

こうなんだと思えることの話の中身が結局は、なんでもないことに終わってしまう。

だからなのか、今さっき聞いたことの話の中身がさっきと違うとか、自分で言って

いることの話の内容が矛盾していることに、気付けない。

アピールのポイントが若干、人より違うことの悩みが、本当の自身の悩みなのか

わからなくなる。

アピールの上手な人の感覚でいると、自分とは違う人になりきれるかのごとく、自分

のイマジネーションの感じ方の実際の意味が人は違うことになってことに、今ある

すべての想像が人と寄り合うことの意味をなくしてしまう。

だから、何でもない、たわいもない、会話が全然できない。

本当は自分としては、こうあってもいいかなという感じがあまりにも、自分のなかで

人して受けがない、ということは、自分のなかにある、潜在的、直観的、におびえてい

る自分と人との間にある本当はどうなんだろうといべき、葛藤の意味合いが少しずれて

くるような気がする。

 

人がなんでもないとおもっている事柄が感じ方としてあまりにも、自分とは違うこと

意味を述べていることの、感じ方が、今ほどの意味があるように、おもえなくなること

は、いっそのこと、自分としては、楽になりたいとおもうことの、感じ方の方向が一緒

になることの、感じ方の意図が思わず意図しない方向に向かうことの、感じ方のありが

たみとして、きっと、気分によって左右されている、僕の一途なおもいのたけが、自分

とは思えないほど、人の気持ちに感じ方をくみ取ることの自分の感じ方の下手さを自分

に感じてしまう。

だからこそ、今思いいうるすべての感じのいいことを感じていることとして、ありのま

まだすことの、言葉の何かが、今感じることのすべてとして思いやれることに、感じる

ように、今感じる悩みが人の心に感じるられることの、意味を知っていることだけじゃ

ないことのようになればいいことの前触れとして、勢いとだけでなく、静かな感じの思

いとして、感傷的になっている、言葉の走り方が、こだわりのなかの自分に妄想ではな

い心のシンプルな気持ちになっていけばいい。