ToMoNoRiの日記

発達障害のアスペルガーに悩む男

疑いという名の憂さ晴らし

いつでもこういう気分ってありがちなんだけど、疑うことっていったいどこまで

許されれるんだろうか?

 

嫌になるほど自分が疑われていることよりも、自分の中の本音が自分をいうほど

疑いわせてしまいがちな、自分のかんじかたの違いに人が疑いをかけてくる。

 

地味な人にも、派手な人にも返し刀に意味をとうと、自分のなかの勘違いに投じて

じぶんらしくないなと、疑いをかけてしまい、自分の本音に嘘つく、その時の嫌な

ムードが人を嫌う自分のための疑いという名の憂さ晴らしなんだろうか?