ToMoNoRiの日記

発達障害のアスペルガーに悩む男

傍観者となることの本音

たとえようない悲しいこと、救いようない笑いごと、たくさんのほほえましい光景

それらの事実にたいして、ただ傍観者になることのたくましさ。

 

それは、無関心とか我関せずといった、哲学的ムードに酔った、自分の防御策なん

だろうか?

 

じぶんを崩さずただ、傍観者になって、笑っているだけ、悲しんでいるだけ

しんみりしているだけなら、その、本音はだれとでも、一緒の気分を分かち合える

自負心かもしれない。

 

ならば、傍観者にならず、自分を切り崩して、人ができないことしてみるのは

自分にとって何かしらの不利益なのか、何かの光明なんだろうか?